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大阪高等裁判所 昭和31年(ネ)1214号 判決 1958年5月08日

控訴人 畠中資博

被控訴人 第百生命保険相互会社

主文

原判決を取消す

本件を大阪地方裁判所に差戻す

事実

控訴代理人は原判決を取消す本件訴訟はなお大阪地方裁判所第三十二民事部に係属中であるとの判決を求め被控訴代理人は控訴棄却の判決を求めた。

当事者双方事実上の陳述は控訴代理人に於て原判決は「民事部は裁判所の内部関係に於て事件処理の便宜上民事事件を処理する為設けられた対内的ないはば事務分掌の一機関であつて別個の官署を成すものでない従つて本件が民事第二十部から第三十二部に割替になつたということは事件担当の裁判官が交替し又はその使用する法廷が変更された場合と同様であつて予め当事者に原告主張の如き告知をする必要はないと解すべきである」というている一般的にいつて広義の裁判所で数個の裁判機関即ち数個の民事部があるとき何れが事件を担当するかの問題は全く原判決説示の通り裁判所の対内的な事務分配の問題であるが一旦或る事件が右の如き事務分配の定めに基いて特定の部に係属した場合は問題は事務分配の問題の外訴訟法的な問題ともなる即ち一般的抽象的に事務分配を定めておくことは之から訴訟を提起し又は提起される国民の利害に直接何等の痛痒影響はないが一旦或る事件が係属した場合は原、被告及参加人等の訴訟関係人が具体的に登場し訴訟法なるルールに依つて訴訟関係人は訴訟活動を始めるからみだりに係属部の変更は許されないとされている即ち或る裁判所に数個の民事部があるときその各民事部は各自独立してその裁判所を表はし或る事件が係属した場合その事件に関する限りその部を除いては他にその裁判所はないというべきである(中島弘道著日本民事訴訟法四五頁参照尚同趣旨細野長良著民事訴訟法要義一巻八一頁中村宗雄民事訴訟法原理一四九頁)而して民事訴訟法は担当裁判官の更迭ある場合の手続は規定しているが係属部の変更即ち裁判所自体の変更は予想もしていないのである強いて裁判所の変更を認めている例を示せば移送の決定ある場合又は上訴に依る移審の場合等である然しながら実際の必要上裁判官の交替に基ずく裁判所の変更を必要とする場合ありこの為最高裁判所規則により裁判の公正を疑わしめず又当事者の利益を別に害しない様な特定の場合には係属部の変更即ち裁判所の変更は認めて差支ないのである(下級裁判所事務処理規則第七条参照)が右は担当裁判官は勿論使用法廷も変更されるので十分に訴訟当事者の利害を考慮せねばならない割替前の裁判官が決定した期日が当然割替後の民事部の期日となるか否かも疑問であるが少くとも割替後の新しい民事部から改めて訴訟当事者に期日呼出状を送達すべきものである原判決は部の割替は裁判官の交替或は使用法廷の変更と同様だとし且之に付訴訟関係人に予め告知する必要はないといつているが前述したところにより民事部の変更を単に裁判官の交替とか法廷の変更とかと同様に見るべきではない即ち原判決摘示の例の場合は決して係属部即ち裁判所の変更を生じないからである法は裁判官の更迭の場合に付てすら弁論更新の手続を規定し当事者の利益を計つている況んや裁判官の交替を来し裁判所の変更を来す民事部の割替についてはより強く当事者の利益を計らねばならない原判決の根底となつている考え方は控訴代理人が昭和三十一年一月二十日午前十時の口頭弁論期日に大阪地方裁判所第二十民事部の法廷に出頭さへすればその際部の割替の事実は知り得たであらうしその上で割替部である同裁判所第三十二民事部の法廷に出頭し不出頭の不利益を免れ得たであろうとの点である然しながら仮に控訴代理人が同日第二十民事部の法廷に出頭したからといつて必ずしも割替の事実を確知し得るとは限らない地方裁判所の現在の実務運営の実情から見ても右の如き割替の方法は一定されてなく或は予じめ当事者に電話連絡したり或は当日法廷で廷吏を通じて知らせたり或は法廷入口の何処かえ割替事件表なるものを帖付したり等様々の方法をとつているが斯様な不完全不確実な告知方法をとつている限り新しい民事部より改めて予め呼出状を出さねばならない道理となる控訴人は昭和二十七年五月本訴提起以来全く欠席なく期日に出頭し事件の進行に努め訴訟開始以来一回も出頭しなかつた被控訴人河本末夫呼出の為最後に続行された日が昭和三十一年一月二十日であつた然るに原審は何等実体につき審理することなく事件の割替に付軽卒な処理の結果訴の取下の処置をとつたのは誠実を欠く処置といわざるを得ないと述べた外いずれも原判決事実摘示と同一であるから茲に之を援用する

被控訴人河本末夫は本件口頭弁論期日に出頭せず

証拠として控訴人は甲第十三号証を提出し証人永田旭及控訴本人の各尋問を求め被控訴人会社は甲第十三号証は不知と述べた

理由

仍て案ずるに本件記録によれば本訴は最初大阪地方裁判所第二十民事部(単独制)に係属し昭和二十七年六月十一日午前十時第一回口頭弁論期日以来昭和三十年十一月二十四日まで右裁判所に於て審理され次回期日を昭和三十一年一月二十日午前十時と指定されその間に昭和三十年十二月一日当事者の申立によらずして被控訴人河本末夫に対する送達を公の告示を以てする旨の裁判あり同被控訴人に対し同年十二月五日公示送達による呼出手続が履践せられたが昭和三十一年一月二十日午前十時の同裁判所第三十二民事部(単独制)の公開法廷に於て本件当事者は双方共不出頭の調書が作成され次で同年四月二十三日訴の取下あつたものと看做されたものであるところ右受訴裁判所を大阪地方裁判所第二十民事部から第三十二民事部に変更するにつき当事者に対し適当な措置の取られたことは記録上認め難いこと明らかである思うに現行裁判所法の下に於ては地方裁判所は一人の裁判官(単独制)でその事件を取扱うことを原則とし下級裁判所事務処理規則第六条及第七条によれば裁判事務の分配と一定の事由ある場合に於てその変更とを認めているのであるが当事者は裁判所に於て口頭弁論をなすことを要するものであるから之が為には裁判所は期日を定め呼出状を送達することを要すべく従つて裁判所の都合により従来或る部に係属した事件を他の部に変更する場合に於ては新に分配を受けた部は新期日を指定し呼出状を送達して呼出をなすを相当とする勿論当事者に異議のない場合には簡易に口頭又は電話等で新期日と出頭すべき法廷を告知することは差支ないがその場合には当事者から請書を徴する等当事者が新期日と出頭すべき法廷を知悉したことを記録上明確ならしめるべくそれを為さずして当事者が不知の間に係属した裁判所(一人制)を変更しその裁判所に当事者が出頭しなかつたからといつて訴の取下があつたものと看做すことは正当でない然らば本件は尚原審に係属すること明であるから弁論の為之を差戻すべきものとし民事訴訟法第三百八十九条に則り主文の通り判決する

(裁判官 藤城虎雄 井関照夫 坂口公男)

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